一期一会 ― 2010年04月01日
私がまだ会社に勤めている時、4月1日は企業にとって新しい年度が始まる日ですが、私にとっては新入社員の集合教育が始まる時の印象が強く残っています。
定年までの10年、定年後退職までの5年、計15年間、今年はどんなタイプの新入社員かと観察したものでした。
集合教育では朝一番10分間の動機付けの講話をしていましたが、そのときに参考用としてこの「一期一会」を渡しておりました。
『 一 期 一 会 』
辞典によれば、「茶道」から来ている語であり、普段、会うたびに一生一度の出会いだと思い、慎重に振る舞うこと。」、 「そのことは一生のうちに一度だけしか出会うことがないと心得るべきことをいうことば。」とある。
いずれにしても、自分に巡ってきた必要な機会(時と場)は逃すことなく、後悔しないように経験すべきということと、その場においては相手のことを思いやる気配りが必要であるということを表わしている。
日ごろから自分本意に行動していると、相手の感情を害したり、巡ってきた機会を有効に経験せず、後になってシマッタと言っているのが常であるように思う。
この出会いには、次のようないろいろなことがある。
① 人との出会い
② 情報(知識)との出会い
③ 仕事との出会い
④ その他、本・芸術・文化などとの出会い
「出会い」という字から示すように、自ら出向くことにより初めて人やものに出会える。消極的だったり、探求心が無い人は、この出向くという行動を起こさないために会うことは少なくなる。そしてこのような人に限って、出会えなかった理由を他人のせいにしたり、言い訳をするのが常である。
時々、人、本、芸術などでそれまでとは違った非常に深い印象を受ける場合がある、そしてその印象は心の中に当分残像として存在し、心が洗われるような気持になったことが誰でもあると思います。
これらの出会いの中でも、人との出会いは他の出会いとは違って、非常に大事な出会いである。何故なら、その人も自分とは違ったいろいろ多くの出会いを経験しているであろうから。自分が経験していないこと、知らないことをその人と話し合うことにより新しく認識できる。
人との出会いは、それ以上に大事なことがある、それはお互いが感情を有し心を通じ和える点である。私は、そのことを「3共」と喩えている。共有・共鳴・共感である。
誰でも、ある機会に初めて出会った人が、何か他の人とは違った深い印象を受ける場合を経験したことがあると思います。
私の経験からは、その相手が自分の持っていないものを持っている場合と自分の持っているもので少し自分よりレベルの高いものを持っている場合のように思う。後者の場合に、前述の共有・共鳴・共感が起こり得る。
その起こり得る条件は、「価値観が同じである」ということ、言いかえれば「ものの見方・考え方」が同じということではないでしょうか。
あることに関してお互いに関心または経験があり、そのことについて話し合い、自分の意見を述べ合い、相手の意見を伺い、助け合い、その思いに共感し合う、このことが人生における最良の友人・知人・人間関係と、私は思う。
完
定年までの10年、定年後退職までの5年、計15年間、今年はどんなタイプの新入社員かと観察したものでした。
集合教育では朝一番10分間の動機付けの講話をしていましたが、そのときに参考用としてこの「一期一会」を渡しておりました。
『 一 期 一 会 』
辞典によれば、「茶道」から来ている語であり、普段、会うたびに一生一度の出会いだと思い、慎重に振る舞うこと。」、 「そのことは一生のうちに一度だけしか出会うことがないと心得るべきことをいうことば。」とある。
いずれにしても、自分に巡ってきた必要な機会(時と場)は逃すことなく、後悔しないように経験すべきということと、その場においては相手のことを思いやる気配りが必要であるということを表わしている。
日ごろから自分本意に行動していると、相手の感情を害したり、巡ってきた機会を有効に経験せず、後になってシマッタと言っているのが常であるように思う。
この出会いには、次のようないろいろなことがある。
① 人との出会い
② 情報(知識)との出会い
③ 仕事との出会い
④ その他、本・芸術・文化などとの出会い
「出会い」という字から示すように、自ら出向くことにより初めて人やものに出会える。消極的だったり、探求心が無い人は、この出向くという行動を起こさないために会うことは少なくなる。そしてこのような人に限って、出会えなかった理由を他人のせいにしたり、言い訳をするのが常である。
時々、人、本、芸術などでそれまでとは違った非常に深い印象を受ける場合がある、そしてその印象は心の中に当分残像として存在し、心が洗われるような気持になったことが誰でもあると思います。
これらの出会いの中でも、人との出会いは他の出会いとは違って、非常に大事な出会いである。何故なら、その人も自分とは違ったいろいろ多くの出会いを経験しているであろうから。自分が経験していないこと、知らないことをその人と話し合うことにより新しく認識できる。
人との出会いは、それ以上に大事なことがある、それはお互いが感情を有し心を通じ和える点である。私は、そのことを「3共」と喩えている。共有・共鳴・共感である。
誰でも、ある機会に初めて出会った人が、何か他の人とは違った深い印象を受ける場合を経験したことがあると思います。
私の経験からは、その相手が自分の持っていないものを持っている場合と自分の持っているもので少し自分よりレベルの高いものを持っている場合のように思う。後者の場合に、前述の共有・共鳴・共感が起こり得る。
その起こり得る条件は、「価値観が同じである」ということ、言いかえれば「ものの見方・考え方」が同じということではないでしょうか。
あることに関してお互いに関心または経験があり、そのことについて話し合い、自分の意見を述べ合い、相手の意見を伺い、助け合い、その思いに共感し合う、このことが人生における最良の友人・知人・人間関係と、私は思う。
完








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